リレーコラム「集団精神療法のさまざまなかたち」 No.04 ~SST編①~ 技法(SST)の紹介 SSTの技法における「ささやかさ」
SSTの技法における「ささやかさ」
佐藤幸江
【SSTについて】
読者のみなさんはすでにご存知かとは思うが、SST編初回なのでまずはここから。SSTとはSocial=社会的・社交的、Skills=技術・技能、Training=練習 の頭文字をとったものである。Social Skillsとは「自分の気持ちやニーズをほかの人に伝えていくあらゆる行動」であり、SSTは「話し合ってやるべきことを学ぶのではなく、やりながら学んでいく活動的な治療法である」と創始者ロバート・P・リバーマンは述べている。
SSTは1970年代に開発され、80年代に日本に紹介された。その後もリバーマン自身と彼の同僚たちによって普及され、日本ではSSTのセッションの流れとしておおむね下記のような形(=基本訓練モデル)が定着している。一見、手順(マニュアル)のように見えるが、1つ1つが行動療法の細やかな技法であり、他にもリーダーの補助的な技法がいろいろと用いられる場合もある。また、メンバー個々人の希望や願いを大切にする「希望志向」や、健康的な力に着目する「リカバリー」といった概念もSSTを支えている。
中心的な技法はやはりロールプレイであろう。前回までのリレーコラムで取り上げられたサイコドラマの技法の1つでもあり、その目的や活用方法は異なるがSSTにも取り入れられている。メンバーのロールプレイを見ていて、その変化や頑張りにハッとさせられたり、伝わってくる感情に思わず涙したことは何度もあるし、私自身が相手役(例えば主役メンバーの家族や上司の役など)を担ったときなどに、自分自身の体験と重なり心が揺さぶられたことも多い。そこにあるものは単なる「行動」ではなく、身体を通じて表現される「その人」であるからこそ心が動かされるのであり、技法としてのロールプレイがいかにパワフルなものかを示しているといえよう。
【ささやかな技法:教示・プロンプティング】
一方、行動療法の1つ1つの技法は非常にささやかなものも多い。例えば、教示やプロンプティングなどである。教示は「ある行動をとったり、続けたり、方向付けたりするために与える言語刺激(言葉でも文字でもよい)」、プロンプティングとは、「ある行動をしやすくするための手がかり(言語も非言語も含まれる)を与えること」である。
~ベラックのセッションから学んだこと~
2004年にアラン・S・ベラックが来日したとき(ベラックはリバーマンと双璧をなすSSTの指導者である)、私は彼のセッションを体験する機会を得た。このときのテーマは「妥当ではない依頼を断る」スキルだった。スキルの紹介のあと「このスキルに含まれる最初のステップは?」とベラックが私たちに質問した。全員が少しの間沈黙していると、ベラックは「では、ヒントを出しましょう」と自分の目のあたりを指さしながら、ユーモアを含んだ笑顔でみんなを見回す。するとグループの一人が「相手の目を見る、ということ?」と発言した。これがプロンプティング(とその結果)の一例である。このときの私たちの沈黙は「答えがわからない」というよりも、「答えはこれかな?」と思うがいまひとつ自信がないために生じていたものだったが、ベラックのプロンプティングに背中を押されて発言ができたといえる。(そしてもちろん、その答えに対してベラックは即座に「そう、その通り!」と笑顔でフィードバック(=正の強化)をしたのであった。)一見些細なことかもしれないが、こういったきめ細やかなやさしさが行動療法の中にはある。
そのあと全体へのモデルを提示し、各自のロールプレイを行う段になると、ベラックは私の方に近づいてきて「ではユキエからロールプレイをやってみましょうか」と言い、私はスッと立ち上がった。「やってみましょうか」はあまりにささやかで、これが意図的な言い方(つまり技法としてのプロンプティング)だったと気づいたのは、ずいぶんあとになってからで、そのぐらいさりげないものだった。
そしてロールプレイへ。「ユキエ、お金を貸してほしいんだけど」と言う相手役のベラックに対して「それはできない、なぜなら・・・」と私が応じる内容。1回目のロールプレイのあとよかった点がフィードバックされ、そこでベラックは「今度は1つだけ変えてやってみてほしい」と改善点を提案した。1回目の私の表情は笑顔だったが、「今度は真剣な表情で伝える、というのをやってみてほしいんです。いいかな?」と。この時の私は「なるほど、確かに」と納得して、ごく自然な流れのように感じていた。これはベラックが私の1回目のロールプレイを丁寧に観察したうえで、決して指示的ではなく「~~してみてほしい」とリクエストする形の教示を伝えたからだろう。そしてなんといっても、ベラックの教示は適切で明確であった。
~そして実際のセッションの中で~
私がリーダーを行うときにも「では◎◎さん、ロールプレイをやってみましょうか」と伝えるとたいていメンバーはスッと出てきてくれる。これが「ロールプレイをやってみませんか」だとなぜか断られることが多いようだ。ちょっとした言い回しの違いなのだが、ふっと背中を押してくれる力が「ささやかな教示/プロンプティング」の中にはあるのだろう。そしてもちろんそれを技法として行う背景には、リーダーの頭の中に渦巻くさまざまなアセスメントがある。
ロールプレイ中のプロンプティングとしては、例えばどうしても視線が下がってしまうメンバーの横に寄り添い、「相手役の◎◎さんの方を見てみよう」と相手役の顔を指さしながら伝えたり、緊張してスッと言葉が出てこないメンバーの耳元で出だしをつぶやいたりする・・・などがある。こうしてロールプレイでの練習をサポートし、それができたらプロンプティングなしで再度練習する(これをフェーディング、という)とグッとよくなっていることも多い。また、ホームワークを設定するときに「次回のセッションまでの間に、今日練習したように、◎◎さんに~~と言ってみましょう。ポイントは『相手の顔を見る』でしたね」といったようにメンバーに具体的に伝えることも教示の一例である。そしてホームワークを設定すること自体が、スキルを実践してみるためのプロンプティングにもなっている。
【「ささやかさ」が支えるもの】
1つ1つは小さな工夫かもしれないが、意識して行うことでこれらもれっきとした「技法」となり、また、SST以外の場面でも活用ができる。日常的にサッと取り出してスッと使えるのが、行動療法の技法のよいところだし、SSTにはこういった日常に活かせる要素がたくさんある。そして、私たちの日々の臨床はこういった「ささやかなこと」の積み重ねで成り立っているのではないか、とも思う。個々のメンバーに対するこのようなかかわりによって、ともに寄り添う感覚や安心感が醸成されるからこそ、メンバーはパワフルなロールプレイを用いて新しいことに取り組んでゆける。ささやかな技法たちがそういった基盤を作り、グループを支えているのではないだろうか。
こうして書き進めてゆくとまだまだ伝えたいことが浮かんでくるが、紙幅はとっくに尽きてしまった(長くなってスミマセン)。読んでくださった方がこれまでとはまた違った視点でSSTをとらえる機会となり、少しでも魅力を感じていただけたら・・・と願いつつ、次の執筆者にバトンを渡すこととする。
【参考文献】
・山上敏子 著 方法としての行動療法 2007 金剛出版
・ASベラックら著 熊谷直樹ら監訳 改訂新版 わかりやすいSSTステップガイド 統合失調症をもつ人の援助に生かす 2005 星和書店
日本集団精神療法学会公式HPコラム No.04 2023年8月)
※PDFファイルで読む →技法(SST)の紹介 SSTの技法における「ささやかさ」